対談/vol.8

しょくスポ対談

vol.8 田畑 泉 さん

今回のゲストは、『健康づくりのための運動指針2006「エクササイズガイド2006」』策定の中心的役割をされた田畑泉先生です。これまでの運動指針とは形を変え、国民が“実践可能”なプログラムを打ち出しました。田畑先生にそのプログラムに込めた想いや、日々のお仕事に対する「プロ的」姿勢など、たっぷりと伺いました。どうぞご覧下さい。

田畑 泉(たばた いずみ)


独立行政法人国立健康・栄養研究所健康増進プログラムプログラムリーダー。
1980年東京大学教育学部卒業後、同大学院教育学研究科体育学を専攻。1990年から文部省在外研究員として米国ワシントン大学医学部に1年間勤める。1999年鹿屋体育大学教授、2002年より国立健康・栄養研究所にて健康増進の研究を行う。
研究項目:体育学/運動生理学/スポーツ科学

※プロフィールは対談公開時(2008年7月18日)の
  ものとなります。

運動基準・運動指針の役割

-田畑先生は一昨年“健康づくりのための運動指針2006”「エクササイズガイド2006」の策定の中心的な役割をなさっていましたが、その『運動指針』と『運動基準』について教えていただけますか?
『運動基準』は、生活習慣病予防のための身体活動・運動量および体力の基準値と、その策定方法を記載している、健康づくりのための運動の専門家向けのものです。
それに対して、『運動指針』は、国民が自ら健康づくりのために運動や身体活動量を増やせるように作られた指導書となっています。『運動指針』は具体的に「週23エクササイズの活発な身体活動を!そのうち4エクササイズは活発な運動を!」というスローガンを掲げ、行うべき身体活動量や運動の内容を、国民の皆様に分かりやすく伝えています。
-『エクササイズ』について詳しく教えていただけますか?
はい。『エクササイズ』というのは身体活動の『量』を表すために生まれた単位です。
『身体活動の強さ(METS)』×『身体活動の実施時間(時)』で求められます。
ちなみに『METS(メッツ)』というのは、身体活動の強さの単位です。例えば生活活動だったら20分歩くと3メッツ、自転車に15分乗って漕ぐと4メッツ、運動だったら軽いジョギング10分で6メッツ、という具合です。こちらの指標はHPなどにも載っているので参考にしてみてください。(HP:健康づくりのための運動指針2006(pdf))
しかし一昨年出た運動指針は、今までの運動指針とは少し変わっているんです。
-どのように変わったんですか?
今までは運動が中心でしたが、今回は生活活動も柱に位置づけています。名前は“運動指針”となっていますが、中身は“生活活動指針”に近いですね。でもそのように基準・指針が身体活動側に移ってきたのは当然なんです。
-なぜ当然なんですか?
これまでは栄養所要量(食事摂取基準)6次改訂までは運動所要量を充たしている人を【適度】としていて、充たしていない人に「運動しましょう」と唱えていました。食べた分はしっかり、例えばフィットネスクラブへ行って自転車漕いで下さい、と進めていたんです。でもそれでは、一握りの人しか行わないですよね。要するに国民がやらないこと、やれないことを推奨していたんです。まさに机上の空論でしかありません。
だから5年も経てばそんなもの誰も覚えていない。知っているのは栄養士さんだけになってしまったんです。
そういった流れを受け、やはり運動や活動は生活の中で増やした方がよいだろうと考えて策定したのが、今の指針や基準です。
-「運動基準」と「運動指針」の2つの指標が策定されたのはどうしてですか?
指針での定義と、基準での定義が少し異なっているんです。指針には「1週間に23エクササイズ。そのうち4エクササイズは運動しましょう」と掲げられています。この「4エクササイズ」が非常に重要で、「基準」の方にはどうやって書いてあるかというと「23エクササイズの身体活動と+4エクササイズの運動」と書いてあります。
これが、基準と指針の少し違う所です。
基準では「23エクササイズの身体活動+4エクササイズの運動」で、エビデンス(科学的根拠)があるとしたのですが、指針に持ってくるときに、それはちょっとわかりにくいんじゃないか、ということになったんです。
例えば僕は毎朝通勤で25分間歩いているのですが、それは生活活動と運動のどちらだ、という話になるんですよね。僕にとっては歩かなければ仕事に行けないわけですから生活活動のつもりなんですが、他の人からみると、電車があるのにわざわざ減量のために歩いている。「~のため」がついたらそこでもう目的があるということなので、それは運動になりますよ、ということなんです。

  【運動基準】:1週間に23エクササイズの身体活動 + 4エクササイズの運動
  【運動指針】:1週間に23エクササイズの身体活動 そのうち4エクササイズは運動
-なるほど。判断が難しいですね。
それで、これではわからないからということで最終的に指針では「23エクササイズの身体活動 そのうち4エクササイズは運動」としたんです。 ここで4エクササイズが重要なのは何故かというと、例えば週1回フィットネスクラブに行って4エクササイズ分、テニスだったら40分間行いましたと。そういうことをやると明らかに生活習慣病になる確率が低いという、高いエビデンスがあるんです。 僕たち運動生理学者は、今までは「週3回の運動をしましょう」と唱えてきたんですが、それはなぜかというと、体力を上げるためには週3回の運動が必要で、だから週1回の運動では効果がないと言い続けてきたんです。しかし他の色々な基準に出てくる研究などを検討したら週1回でもいいじゃないかとなったんです。 ちなみに指針には、メタボリックシンドローム該当者・予備軍の人に対しては、運動量は10エクササイズ必要と定義してあるんです。その10エクササイズ分はだいたい速歩だったら30分間、歩数だったら3000歩が目安となっていて、それを増やしましょうと唱えています。
-メタボリックシンドロームの方と一般の方では必要な運動量が違うのですね。ただそのことは、あまりしっかりと伝わっていない気がしますね。
メタボ気味の方には、運動が嫌いで週1回の運動なんて絶対無理だという人が多いんですけど、例えば「普段の生活の身体活動で16エクササイズだからあと7エクササイズ分やればいいよね」というようになって欲しい。それが基準・指針の役目かなと思います。
これはスポーツ栄養とは少し違うけれど、スポーツ栄養の知識を持ち、スポーツもやっている古旗さんのような方たちが、このことを多くの人に教えていくということが非常に大切だと思っています。

健康増進は、国民全体のインテリジェンス

-田畑先生のように運動の分野がご専門の方は、必ず「運動を実践しよう!」となるんですけれども、栄養関係の方は、食については実践していても、運動の実践についてはクエスチョンマークがつく方もたくさんいらっしゃると思うんですね。そのあたりについてはどうお考えですか?
それは今年度から実践されている特定健診・特定保健指導でも非常に問題になっていて、栄養士の方は運動について分からない、実践していない部分が多いみたいです。それは困ったことですよね。自分たちがしないのに「あれしなさい」「これしなさい」って指導しても相手を納得させるのは無理な話です。
-そうですよね・・・。
例えば、10分歩いて、昼食たべに行って、また10分歩いて帰ってきたらそれで1エクササイズなんです。これを週5日やれば5エクササイズ。僕、霞ヶ関の人には「銀座まで歩いてにおいしいものを食べに行きましょう」ってよく言ってるんです。でも彼らは定期持っているから実際は地下鉄で行ってしまうことも・・・(苦笑)。
身体活動もスポーツ栄養も同じで、やっぱり自分で出来ることをしないといけませんね
-その通りだと思います。私は、静岡から東京に来てサッカーが出来なくなってしまったので、スポーツクラブに入りました。体を動かさないと調子が悪くなってしまうし、「食事と運動が大切です!」と自信を持って言えないかな~と。
最終的に運動が楽しくなり、それが習慣化されればいいんですよね。僕も朝ハーハー言いながら歩いてますが、歩くのが楽しいから続いてるんです。それに、楽しくない運動をさせたって仕方がないですしね。
でも健康増進は、国民全体のインテリジェンスなんです。ちゃんと考えて運動したり、栄養を摂らないと過剰や不足で病気になりかねませんよね。
-インテリジェンスだと分かってない人が多いですよね。食事は身近すぎて無頓着になってしまっている人が非常に多いですし。
だから子どもの時からのすり込み教育(食育)が大切なんです。子どものときからインテリジェンスになるように。現在そのために、食事摂取基準は中学の教科書に掲載されています。運動基準と指針は、この春から高校の保健体育の教科書に掲載されました。
-そうなんですか。良い傾向ですね。
よく思うのですが、体育をやっている方が栄養について、栄養をやっている方が運動についてお互いに理解し、実践すれば、指導できる人数が倍になるのでいいな、と。
いっそ、センター入試に体育を入れればいいんじゃないかな(笑) 。
-いいですね。栄養学科の試験に体育を入れるとか。
そうだね。入学する時だけじゃなくて、卒業する時も試験をしなくちゃね!

自分のことを観察するのが大事

-先生が健康増進のために心掛けていることはなんですか?
鹿屋体育大学に単身赴任していたとき、太ってしまってBMI※1が25を越えてしまったんですよ。それで国立健康・栄養研究所にきてから、2年目くらいから歩いて通勤するようにしました。朝歩いても何ともなかったから、帰りも歩くように。そうしたら3年で5キロくらい体重が減ったのかな。それで。BMIも25以下になって。その時は指標がBMIしかなかったけど、いまはメタボリックシンドロームの指標の腹囲とかもあるから。ちゃんと腹囲も85cm以下ですよ。
-素晴らしい!!言うことは簡単ですが、田畑先生のように実践もなさっているのは凄いことだと思います。
朝5:40頃起床して、夜22:00には就寝します。土日も朝早くから起きてますよ。
お昼は弁当で、家内がしっかり起きてくれて、食事の支度をしてくれますからこれが大きいですね。最近では娘が土日に食事の支度をしてくれたりしますね。

▲田畑先生の娘さんが作った料理
-わ~!ステキですね!
食に対して気をつけていることは、ちょっとしたことなんですが、お酒を飲むときはあまり食べないとか。お酒を飲むとどうしてもジャンキーなものが食べたくなったりするんです。そこをちょっと抑えるだけで300kcal位変わってきますしね。
-小さな積み重ねが大切ですよね
あとは体重をこまめに計ったり。栄養のバランスなんかもそれなりに気をつけてはいますね。サラダをよく食べたり。ドレッシングもかけすぎないようにしているんです。みそ汁はわが家では毎日一回は食べているかな。
-汁物は具材として野菜を入れやすいので、バランスがとれていると思いますよ。
やっぱり、自分のことを観察するのが大事ですよね。 あと、お椀や茶碗の大きさも重要なんですよ。あまり大きいと食べ過ぎてしまうんです。
-そうですね。私はスポーツ選手を指導する際は、もっと食べて欲しいので「茶碗をどんぶりに替えましょう」と指導しているんです。そうすると逆にしっかり食べられるようになるんです。

最後までつきあう

-生活の中で大切にされていることは何ですか?
人とのつき合い、特に『いい人』と付き合うことかな?
いい人というのは、人の心が分かることかな。人の心が分かると、やっぱり自分のことも分かるし、人の痛みも分かるしね。そういう人とのお付き合いを大切にしています。
-本当に人の縁って、すごく大事だと思います。
私にとって田畑先生は、親身になって下さる“お兄さん”のような(笑)存在ですが、先生が先方から選ばれる、信頼されるために心掛けていることって何ですか?
いろんな人がいるけど、最後までつきあうことでしょうか。仕事の面では好きも嫌いもないから、納得してもらうまでやるしかないですよね。任せてもらったものは、きっちりやり遂げるとか。
-信頼して任せてもらうことができる、というのは田畑先生がプロだと認められているからだと思うんですが、では、仕事を極めるために、日々努力していることはありますか?
自分でこれをやったから、というよりは、つきあってくれている人の縁だとか、たまたまタイミングがあったりだとか、でしょうか。今回の運動基準については、食事摂取基準の策定プロジェクトが結構ハードだったんですけど、その間に培った信頼関係が大きかったですね。
-チャンスが来て、その時にしっかりと仕事をしたから信頼関係が生まれて、それが次の仕事につながったということですよね。
与えられた仕事はしっかり行うことが重要だと思います。若いときにはやりたいことをやるというのも大事なことの1つですけど、僕らくらいの年になると、やらなければいけないことというのが必然的に出てくるんですよ。

相互に理解し合うことが大事

-今、スポーツ栄養や食育をやりたいという栄養士の方がすごく増えているのですが、その人たちに向けて何かメッセージをお願いします
華やかで注目されている世界だからみんな集まって来るというのは良いことだし、皆さんの力でどんどん良くしてもらいたいですね。
エビデンスをしっかり頭に入れて、栄養と運動の両方をしっかりやってほしいです
まずは自分が出来ることから。さらにいろんなことに挑戦して、そこから問題点を出して、その問題点をエビデンスで解決して、そして次の問題点へ・・・というような循環でやっていただきたい。
また、スポーツ栄養の場合、コーチ、医師、トレーナーなどいろんな人たちとコミュニケーションを図りながらチームで仕事をしていくので、“同じ言葉”で話すためにお互いの分野を知り、相互に理解し合うことが大事だと思います。

-その通りだと思います。
本日は長い時間ありがとうございました。とても参考になりました。適切な食事と運動を実践します。
※1:BMI・・・体重(体格)指数のことで、体重÷身長÷身長で算出される体重(体格)の指標

編集後記

 とても信頼でき、頼りになる田畑先生。早寝早起きを実践し、仕事を能率良く精力的にこなされる姿は、見習う部分が非常に大きかったです。
今後も「運動の重要性」と「食の大切さ」を、自らが実行しながら情報を発信するという、田畑先生らしい形で広めていっていただけたらと思います。またいつか、一緒にお仕事ができるよう、私もがんばります。その日を楽しみに……。今後もよろしくお願い致します。
こばたてるみ
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