対談/vol.12

しょくスポ対談

vol.12 岩崎 由純 さん

今回のゲストは、NECレッドロケッツ アスレティックトレーナーの岩崎由純さんです。
アスレティックトレーナーが日本にまだ浸透していない頃から活躍し、そしてNECを23年サポートしている、まさにアトレーナー界の“トップランナー”。
いつも仕事に真正面から向き合う岩崎さんの、仕事に対する想いやライフスタイル、そしてこれからのことなど、たっぷり伺いました!ぜひご覧下さい!

岩崎 由純(いわさき よしずみ)


NECレッドロケッツ アスレティック・トレーナー
1959年生まれ。1982年日本体育大学卒業後、米シラキューズ大学へ留学。1984年ロスアンゼルス・オリンピックにメーカーから派遣として携わる。1992年バルセロナ五輪にて全日本バレーボールチームに帯同。また、1986年よりNECバレーボール部にてアスレティック・トレーナーとして従事する一方、現在、日本コアコンディショニング協会会長を務める。近著に「新版トレーナーズ・バイブル」(医道の日本社)、「すぐに役立つテーピング・テクニック」(ナツメ社)などがある。

※プロフィールは対談公開時(20096月2日)の
  ものとなります。

「アスレティックトレーナー」という仕事

-現在のお仕事の内容を教えてください。
私の職種は『アスレティックトレーナー』です。仕事内容は、大きくは『身体活動する人たちの為の健康管理』なんですが、実際何を行うかというと、まず1つ目がケガの予防、2つ目がケガをした時の処置、そして3つ目がその後のケア、4つ目が『リ・コンディショニング』。ケガや不具合がでた人たちをちゃんとスポーツができるよう元に戻すことです。そして5つ目がスポーツ障害を予防するための「教育」。自分自身もそうですが、選手、あるいは指導者への教育ですね。そして最後6つ目が管理。以上6つが大きな仕事です。
-いろいろな仕事があるんですね。
はい。でもそれらを実現するためには、体について広く分かっていなければいけません。体を鍛えることによってケガが予防できたり、早く復帰できたりしますから。だから食事のことや睡眠のことも理解していなければいけないですね。
-幅広い知識が必要なんですね。
はい。アスレティックトレーナーは、スポーツの現場で医者や理学療法士、看護師のような役割をします。言わば、スポーツ現場の医科学従事者みたいな感じですね。
普段の一日は、練習前に選手へのテーピング、そして練習中、何か起こった時に迅速な対応をし、練習後はアイシングやマッサージなどのアフターケア。そんな感じです。不具合がない選手なんていませんからね。

“偶然”から続く“今”

-なぜ岩崎さんはアスレティックトレーナーを目指されたんですか?
私自身スポーツをやっていたんですが、中学の時に大きなケガをしたんです。
-何のスポーツをされていたんですか?
私はバレー部だったんですが、ケガの原因は陸上。陸上部に借り出されていて、その練習で肉離れをしたんです。その時にアスレティックトレーナーという職種があるのを知りました。自分がケガをしたのがきっかけでこの世界を知った、ということですね。でも知った時、「おもしろそうだ!トレーナーになりたい!」と強く思いました。
-アスレティックトレーナーの資格はどちらで取得されたんですか?
1970年代、当時、日本にはアスレティックトレーナーの情報はほとんどなくて、「体育大学に行ったらなんとかなるだろう」と思い、日本体育大学に入学しました。でもテーピングの授業はあったんですが、『アスレティックトレーニング』の講義はなかったんです。
-その当時は、まだアスレティックトレーナーは浸透していなかったんですね。
はい。でも「情報収集はできるだろう」と思い入寮した時、偶然にも私の部屋の向側がトレーナー室だったんです
-すごい偶然ですね!

▲テーピング風景
そうなんです。そしてすぐにそこへ行ったら、白石先生という方を紹介され、その方を訪ねました。その先生は陸上部の中にトレーナーチームを作り、毎年アメリカに行って勉強をしている方だったんです。そこで、アメリカにはちゃんとした教育があることを知り、「自分は大学を卒業したらアメリカに留学する!」と決めました。それから大学4年間は陸上部のトレーナーとして活動しながら、英語の文献も読んで勉強しました。そして卒業後すぐアメリカの大学に留学し、そちらで資格を取得しました。だから、いろんな偶然の出会いがあったんですよね。
-きっとそれは岩崎さんが引き寄せたんだと思います。
 でも日本に戻って来られて、すぐに就職されたんですか?
いえ。まずは自分が習得した知識や技術、経験は、必ずスポーツの現場に役立つはずだと思い普及活動を行いました。「スポーツがある限り、必ずスポーツ医学は必要だ」「選手がいる限り、必ずトレーナーは必要だ」という熱い想いを持ち、日本に帰ってきましたから。
-力強い意気込みですね!どのように普及されたのですか?
講習会や大学、指導者の人たちが集まる学会や会議等で、アスレティックトレーナーについて、またその必要性などを熱く話しました。
-それはどちらかに依頼されて?
依頼もありましたけど、自主開催も多く実施しました。
-積極的に活動されていたのですね。NECのアスレティックトレーナーには、どのような経緯で就かれたんですか?
1985年の夏にアメリカから帰ってきたんですが、1986年1月24日にVリーグ、当時の日本リーグの公式試合中に、あるアメリカ人選手が亡くなってしまったんです。私は、アメリカのオリンピックトレーニングセンターで1年間インターンをしていたことがあり、その時、アメリカ女子バレーのナショナルチームにも帯同していたんです。だからその亡くなった方を知っていたんです。それが大変な激震で、日本のバレーボール協会も、必ず試合会場にドクター、そしてチームには心肺蘇生法や応急処置がきるトレーナーを置くというルールを作ったんです。今はAEDも必要ですが。 それでNECもトレーナーを探していました。そしてたまたまオリンピックセンター時代に知り合った選手がNECにいて、その選手が私のことを話してくれたんです。そして1986年2月14日からNECに帯同、そして今に至る、という感じです。だからもう23年いることになりますね
-1つのチームにそれだけ長くいらっしゃるというのは素晴らしいことですね。

食事・運動・睡眠で、きちんと体を作る

-岩崎さんが考える食事や運動、休養とはどんなものですか?
最近は『ザ・アフターケア』というタイトルをつけて講習会もしているんですが、やはり運動後のアフターケアは重要です。身体活動を行うことは、体を酷使することなんです。例えばウォーキングもそうですし、トライアスロンなんか究極ですよね。どちらにしても体は寝ている間に痛んだ部分を修復するんですが、その修復に絶対に必要なのが『栄養』と『睡眠』。多くの栄養素が含まれたものを食べることと、寝るべき時間帯に寝ることとが重要です。体を強くするためには、必ずその3つの組み合わせがないとだめなんです
-その通りです!

NECレッドロケッツ
きちんと作られた体は、簡単なことでは壊れません。病気やケガに対しても、とっさの事故に対しても反応できる、心も体も養われていくんじゃないかなと思います。
-さすがですね!ちなみに、それらをすでに選手に対して実践してらっしゃると思うのですが、ほかのチームと比べてNECバレー部はケガは少ないですか?
今はどこのチームも意識が変わりましたからね。スポーツ栄養学にしてもスポーツ心理学にしても、そしてアスレティックトレーニングについても、1990年代中盤以降はかなり普及してきて、実際活動しているトレーナーも多いし、ドクターたちもそういう認識が出てきました。意識の高い選手も増えてきましたしね。だから栄養による差はないと思います。 でも私が入ったばかりの頃は、選手は平気で差し入れのケーキを食べたり、試合後にお酒を飲んだりといことがあり、NECではそれをすぐ止めさせました。だからその当時は他のチームと比べると、うちのほうが強かったですよね。私みたいな存在がニューフロンティア的だった頃は、他のチームはそれをやっていませんでしたから
-つまり、NECが結果をだしているから、その良い方法を他のチームもどんどん取り入れたということになりますね。大きな普及だと思います。
私はそう考えています、勝手に。だって誰も評価してくれないからね(笑)。

ライフスタイルのこだわり

-では、岩崎さんご本人の食生活、ライフスタイルを教えてください。
睡眠はとろうと心がけています。12時前には寝て、明るくなったら起きるという程度の意識ですけど。食事については、いろんな色の食材や種類を摂ることを心がけています。特にビュッフェスタイルの時に意識しますね。あと体質的に保存料や着色料といった化学物質の添加物を摂ると体が反応してしまうんです。なので可能な限り天然なものを食べています。そして私にとって欠かせないのがごはんやパン、麺類といった糖質、つまりでんぷんですね。それは必ず摂っています。私にとって必需品です(笑)。あと意識的に食物繊維を摂ります。例えばお寿司屋さんに行ったあとは、家で食物繊維系のサプリメントを摂ったりしています。『でんぷん』と『食物繊維』、これが私のこだわりです。
-運動はしていますか?
最近はあまりやっていませんが、普段は週2回くらい6~10キロくらい走っています。あと、姿勢を維持するためのトレーニングは少しやっています。昔はウェイトトレーニングをやっていましたけど、今はやっていないですね。

プロフェッショナリズム

-岩崎さんは人の目をしっかり見てお話してくださいますから、きっとお仕事もきっちりされているんだと感じます。では、仕事を極める上で大切にしていることを教えてください。
あまり良くないのかもしれませんが、自分の専門分野に関しては自信を持っています。それと、例えば、何十年に1度しか起きないような事故が発生して、その時に自分の知識や技術や経験が必要だった場合、「ちゃんと対処できるか?」と考えると緊張しますよね。その緊張感を常に持っていたいと思っています
-すれはすごい考え方ですね。
あと、人を支える側の仕事に就いたので、自分中心でないことが多くあるんです。休みは好きな時に取れないし。でも、支える側に徹しようと決めた時に、この仕事を辞めるまではいつ呼ばれてもいいように、お酒は飲まないと決めました
-スゴイ!その信念はすごいです。 
いつでも非常事態が起こる可能性ってあるんです。その非常事態の時に駆けつけられないというのは自分の中でダメなんです。だからトレーナーを引退するまではお酒は飲まない。それが私にとってのプロフェッショナリズムでしょうか
-感服しました。

51年後の夢のために


でもたまに、『自分が主役になる仕事』がしたかったな、と思う時があります。陸上選手だったら世界一になりたいとか、オリンピックに出たいとか。中学時のケガの原因が陸上と言いましたが、やっていた種目は走幅跳とか三段跳といった跳躍で、県大会で優勝とかしてたんですよ。
-そうなんですか!素晴らしいですね。
それで、マスターズの記録を見ていると90歳以上の部だったら「もしかしたら日本一になれるかな?」とか思うんです。今49歳ですけれど、これからも正しい姿勢で、正しい食生活で、しっかり睡眠をとって、100歳になった時、世界記録を狙えないかなと。というわけで、51年後の世界記録のために、ちゃんとした食事と充分な睡眠をとりたいと思っています。仕事柄そううまくはいかないですけど。でも日々の積み重ねが大事ですよね。
-「51年後の世界記録のために」・・・ってステキですね。昔から岩崎さんはコツコツ積み重ねることが得意だったんですか?
いえいえ、自分は短距離型だと思っています。種目も跳躍ですし。
-でも短距離型で持続できるってすごいです。でも時には誘惑にゆらぐことや葛藤もあると思うんですね。それを断ち切れる『芯の強さ』はどこから来るんですか?
私は全然強い人間ではないです。でも悩みを抱え込んでしまった人と接する機会があったんですけど、そんな人たちは遥かに私たちなんかより芯が強く、でも強いが故に許せないことがあって、許せないことがあるが故にうまく調整できなくなるんです。

▲試合中の岩崎氏
私なんかそう強くなくて、“ファジー”だから大丈夫なんだろうな、と思います。
-でも、“ファジー”だとお酒を止めようと思わないのではないでしょうか?
確かに昔は人にまで「酒を飲むな!」と強要していましたね。大学の時は「勉強しない奴は大学やめろ!」とも言っていましたし。でも今は勉強する、しない、それは勝手じゃん!と思えるぐらいになりました。結構“ファジー”になれたんじゃないですかね。
-その、“ファジー”になれるきっかけは何かあったんですか?
悩みを抱え込んでしまう人を見ていく中で、一つの方向にこだわり続けているとそういうことが起きるんだ、と思ったこと。あと、ピカソの絵を見た時ですね。
-ピカソの絵ですか?
はい。彼は見えているものを完璧に描くことについては、子どもの時にマスターしてしまったんです。そして「見えていない裏側が描けないか」という悩みが発生し、そして次に裏側どころかその中、人を描く場合にはその人の内面や人間性が描けないか、という考えにまで至り、それで悩み苦しんで画風が変わっていったのだそうです。それを見たときにショックを受けました。でも、それは『向こう側に裏側があることを認める』ということで、『見えないところにある人の想いや考え、心を認める』ということなんです。それが分かった時、自分自身のものさしでは測りようのないものがあり、それらの存在を認められるようになったらいろんなものが落ち着いて見られると思うようになりました。そうでないとその人の考えがわからないですから。
-なるほど、そうかもしれませんね。
あと、悩みを抱え込んでしまった人は、ポジティブなこともネガティブに考えてしまうんです。それを見た時に私は「同じように、どんなに悪いこともポジティブに見られるんじゃないか」と思ったんです。だから僕はどんな悪いことでもポジティブなサイドを見られるように努力しています。まだまだ修行中ですが。
-それができると多くのことが受け入れられるんでしょうね。

これからの自分の役割

-最後に、岩崎さんの今後の夢、目標をお聴かせください。
チームは1年ずつの契約更新なので、来年ここにいれるかわからないですけど、どちらにしても、今まで培ってきたノウハウ、技術、経験を、広く多くの人たちに役立てたいと思う様になりました。大学を卒業した時は、体育という教育をマスターしたにもかかわらず、それを教える気になれなかったんです。まだ自分自身が学びたかったから。でもここまで来て初めて、私のノウハウを必要としている人たち、まだ気付いていない人たちに伝えていきたいと思い始めました。これが今後の私の仕事かな、と。
例えば、私が20年間他の誰にも負けないくらい頑張ったことの一つに『テーピング』があるんです。あと先ほどお伝えした『ザ・アフターケア』とか。それらのノウハウなどを普及する活動をしたいですね。
-きっと良い指導・普及をされると思います。
あと、皆さんに伝えたいのが、例えばチームには大勢選手がいますけど、1人1人別の存在であり、その1人1人をリスペクトすることが大切なんじゃないかと。これはチームスポーツを通じて感じました。チームをひとまとめで考え、支えたりサポートするのは違うかなと。皆、性格は違うわけですから、例えば同じものを食べさせるにしても、1人1人違う話し方をしなければいけないですし。誰かに「伝えておいて」というのはありえない。
-個性を尊重しないと支えてあげられない、ということですね。
そうですね。どうしても自分と相性が合わない人とうまくやっていくにはとてもエネルギーがいるんですけど、そのエネルギーは『愛』なんです。話したくない人と話す時は、普通の顔をするだけでもたくさんの『愛』を注がないといけないんです。人間なんだから合う人合わない人いますけど、合わない人と話すには、こちらの人としての成長も必要だと思いますね。
-まさにその通りだと思います。今日は本当にありがとうございました!

編集後記

お話が上手で、楽しくて、そして芯がぶれない岩崎さん。常にトレーナー界のトップに位置してらっしゃりながらも、日々邁進してらっしゃる岩崎さん。そのお姿を拝見する度「見習わなくては!」と、背筋がスッと伸びます。
次回の指導者セミナーでは、たっぷりと岩崎さんの意識・知識を体感し、自分のものにしたいと思います。スキルアップ間違いなしのセミナー、今からとても楽しみです!どうぞ宜しくお願いいたします! 
こばたてるみ


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