対談/vol.1
しょくスポ対談vol.1 樋口 満 さん記念すべき第1回のゲストは、私こばたの“恩師”である樋口満先生。「スポーツ栄養といえば樋口先生」といっても過言でないほど、その実力と経験の持ち主です。そんな先生に、これまでの経験や自身が大切にしていること、そしてスポーツ栄養のみならず、仕事を極めるために大事なことを伺いました!
はじめに−現在のお仕事は?
大学では学生に対して基礎的な栄養学、生化学、それから運動生化学の講義を。ゼミではトップアスリートの学生に役立つスポーツ栄養の知識と実践を教えています。また大学院では、人を対象とした研究と動物を対象とした研究両方を行っています。動物実験は主に糖の代謝、あるいはスポーツの持久系パフォーマンスに関係するグリコーゲンの消費や、それの節約などが主な研究です。人を対象にした研究は中高年、あるいは学生アスリートを対象にして身体組成と基礎代謝の関係を見る研究を行っています。−その他にも何か活動をされていますか?
はい。日本体育協会のスポーツ医科学専門委員会の「スポーツ食育プロジェクト」や、国立健康・栄養研究所と一緒に行っている中高年のスイミングの健康効果などを行っています。分野的には健康の保持増進からスポーツ選手のコンディショニングに関わる生理学的、生化学的、栄養学的な分野での研究ですね。 まぁ、運が良かったと思います(笑)−樋口先生は今までにいろいろな経験があって、そして今ここにたどり着いたと思いますが、そもそもこの仕事に就かれたきっかけはなんですか?
もともと大学では生化学の研究室にいたんですけれど、これはどうもノーベル賞は取れそうもないと思って(笑)。そこで当時の体育の先生が、「お前はボートばかりやっている体育会系だから体育の方に進め」と言いまして、それで東大の大学院に入ったんです。そこで運動生理学等を勉強しました。ただその時は多くの人がアスリートを対象にした研究をしていたのです。でも私はそれよりはもう少し健康に関わることや、子どもの発育発達に関わることがしたいと思っていたんです。まぁ、結局大学院では十分にこのようなことができなかったんですが。でもその大学院に行っている時に、今の国立健康・栄養研究所(以下、栄研)から「運動生理学の研究テーマがあるので一緒に来てやらないか」と誘われ、そのまま研究員として採用していただいたわけです。
−私がのちに樋口先生と出会うことになる場所ですね。
そうです。その頃、栄研の研究は不足の栄養学から過剰の栄養学にシフトしてきて、健康増進という視点が入ってきたんです。しかし栄養の専門家ばかりの研究所だったわけですから、運動生理学を研究する研究員がいなかった。ですので研究員として採用していただいたんです。まぁそれは、運が良かったかなと思います(笑)。だから栄養研究所の中で非常にマイナーというかユニークな分野の、運動生理・生化学を続けて研究しようと思ったわけです。 そこで、とりあえず10年くらい頑張ろうと思ったんだけど、まあ居心地がよかったのか結局25年もいました(笑)。 −樋口先生らしいですね(笑)
その途中、アメリカ、セントルイスのワシントン大学に留学して、そこで偶然と言うか、実は第3希望で行ったんですけど(笑)、偶然スポーツ医科学の世界的権威の先生のところに行き、その時にすごく勉強しました。
思わぬ出会いがあって、そこでうまくきっかけを掴んだ−最初の頃は、健康増進の研究がメインのようでしたけど、最近ではトップアスリートのコンディショニングに関わる分野である、スポーツ栄養まで発展されてきていますが、それはいつ頃からですか?
栄養研究所だったので栄養士さんの出入りがあったんです。そこでスポーツ栄養を勉強したいという栄養士さんが何人かいたんです。世界的にもスポーツ栄養がだんだんと浸透してきた頃で。そこで、ボランティア活動という感じで一緒に外国のスポーツ栄養の文献を読んだりしていたわけです。でも、あくまでそれはボランティアというつもりで。
厚生省はスポーツと言う言葉を使うのは嫌っていたんです。今でこそ受け入れられていますがね。 だからあくまでもスポーツ栄養は時間外のボランティア活動で、こそこそやるんです(笑)。 でも、研究所をやめる数年くらい前はそういうことを堂々とやってもおかしくない状況になっていました。 出会いを大切に、そして信頼される人間に
うまく繋げる立場、それが私の『役割』−今、スポーツ栄養をやりたいという栄養士がすごく増えていますし、昨年食育基本法が制定され、食育もかなり注目されています。
ただ、ブームで終わってしまう可能性もあると思うのですが、それをしっかりと根付かせ、発展させていくために大切なことを教えてください。
花火を打ち上げてそれで終わるような形じゃなくて、結局「食」と言うのは朝昼晩行うもので、日常なわけですよ。それを定着させていくことが大事だと思うんです。そしてそれと運動を結び付けていかなければいけない。 一過性のイベントをやって終わりじゃなくて、毎日の中でよく体を動かし、お腹がすいて美味しく食べる、そこに喜びもある、というのを理解する。 日常生活の中での運動と栄養、両方を考えなければならないんじゃないかなと思います。 でも現実に一方では食事だけとか、運動だけとか、そういうところがありますよね。栄養関係の人は食育だけ、運動関係の人は運動だけ。 でもその両方をうまく統一する、繋ぐことをやらないと本当に子どもの健全な発育発達も望めないし、子どもだけじゃなく、大人でも中高年でも同じことが言えます。そういうことを考えると、私の立場はこれまで両方のことをやってきたし、そこをうまく繋げる立場であると思うので、今、スポーツ栄養・スポーツ食育を日本の中で具体化して、それが重要だと多くの人にわかっていただけるようなプロジェクトをやっていきたいんです。 −私も、やはりそこが大切であり、まだまだ難しくて未開発な部分なんじゃないかと思います。
もちろん、それは私一人でできるわけでは当然ない訳で、スポーツに対して良く理解している栄養士さんとか、理論的としてはいろいろ分かってきていますが、結局それを末端まで浸透させるには、非常に時間がかかると思うし、労力もかかると思います。 是非、いい形になるようにしていきたいですね。 逆に体育系の人について言えば食事についても理解している、そういう人たちが一緒になって行い、それを私がサポート出来れば一番良いのではないかと思います。「一人で」ではなくて「できるだけ多くの人」が、そのようなことに関われる。そういうシステムを作れるといいと思います。 −システムの場の提供ですね。
はい、そうです。
『楽しく』、まずこれが大事−それでは、樋口先生の食に対するお考えを教えてください。
やっぱり「美味しく」、そして「楽しく」食べることなんじゃないかなと思う。独りで食べるのはあまり楽しくないし、いくら美味しいものでも一人で食べても美味しくない。多少まずくても皆と一緒にたべれば結構美味しくなるじゃないですか。そこは大事だと思っています。あとはもちろんよく体を動かすこと。それも仲間や家族とか、そういう人たちと一緒に楽しくやるんです。 よく体を動かし、それでお腹も空いて美味しく食べる。「楽しく」は食事だけでなくスポーツも一緒。まずこれが大事。かつ健康がそれに当然ついてくるもの。こういう考えです。 −ご自身としては美味しく食べる環境が整っていますか?
なかなか整ってはいないけれど・・・でも最近いろんなところで言われている『早寝早起き朝ごはん』。これ、前から私も言っているんですけど、それは実践しています。 朝5時から6時の間に起きて、朝ご飯を食べる。お昼は11時30分から12時の間にお腹が空きますからそこで食べる。そして、夕方6時過ぎるとビールを飲みます(笑)。ビールを飲んで、食事は8時くらいにして、10時位には寝ちゃう。だいたいこんな感じで規則正しい。 あと運動については、平日は学校の授業などで出来ないので、歩ける時は歩く。あとは週末にジョギングするとか。午前中もし暇があったらそのような時にもジョギングをするとか。
自分が実践できないことは人に教えられない。でもそれは義務感ではなく“楽しんで”
スポーツ栄養の道はオフロード、粘り強く継続して進んでいって欲しい−最後に“スポーツ栄養と言えば樋口先生”というように、本当にスポーツ栄養を極めてらっしゃいますが、仕事を極める上で大切なことなど、皆さんへメッセージをお願いします
極めると言うか、プロフェッショナルになるには“継続”ですよね。普通に仕事をし、そしてスポーツ栄養的なサポートをボランティアでやったりしていて、本当に大変だと思うんだけど、本当に好きであれば継続が出来る。辛い時もあるでしょうけど。やっぱり継続することがまず大事なんじゃないかと思う。 特にスポーツ栄養士になりたい管理栄養士の方に言いたいのは、管理栄養士のプロとして、まずしっかりした仕事が出来るということ、それが大事。ちょっとブーム的になったり、ミーハー的になったり、それはよくないんじゃないかと思います。昨日も大学院に入って選手のサポートがしたいと言う学生が訪ねてきましたが、こういうケースは結構多いんですよ。
※1:BMI・・・体重(体格)指数のことで、体重÷身長÷身長で算出される体重(体格)の指標
※2:運動基準・・・「健康づくりのための運動基準」。厚生労働省が策定した生活習慣病の予防のための成人向け運動基準。 生活習慣病の予防に必要な運動所要量を日常生活の「身体活動」と、スポーツなどの「運動」に分け、基準値を示してある。
|